2014年06月20日

吃音を持つ人々のための発表練習会

今日は関西で作っているコミュニティのお知らせです。

〔概要〕
吃音をもっている人々が集まって、自分の好きな事を発表するサークルです。
目標は、吃音を調節して話せるようになればいいね、です。

吃音者は人前で発表する機会を避けがちです。特に学生の間は特に少ないと思います。
確かに一般の場で、自ら手を挙げ、話すということは心理的ハードルは高いですよね。
しかし、そういう機会を避け続ければ、話す事への不安が増大し、自分に自信を持てなくなったりしませんか?
その点、このサークルは参加者全員が吃音者で、同じ悩みを共有する仲間です。安心して発表してください。
その中で、言葉の選び方、間のとり方、呼吸の仕方、場慣れ、話慣れ、自信、をつけていきましょう。
吃音に対する考え方は「吃音を治そう治そうと執着することは辞めて、吃ってもいいやん。
そういった諦めの中で、でも吃音と向き合ってやれる事はやっていこう」って感じです。

発表がするのはちょっと・・・という方でも他の方の発表を聞くだけでもいいので、よろしくお願いします。

〔場所〕
大阪、高槻、京都のいずれかを予定してます。JR沿線の会館で集まれればいいなと考えています。

〔メンバー〕
現在6人程参加しています。京都と大阪に住んでいる学生が中心です。台湾の方もいます。
あまり人が多く集まっても発表する時間が減ってしまうので、10人前後集まればいいなと思っています。
※社会人の方も歓迎です。

興味があれば是非コメントなり直接メッセージをください^^

posted by ちゅく at 02:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月16日

実家を離れます

やはり環境を変える事はいい。
グダグダ考えてるよりさっさと環境を変えたらよかったと後悔している。
でも時間の浪費とは思っていません。

家賃と電気光熱費で毎月5万。それと食費で3万。携帯代で1万。まぁ10万くらいは稼がないといけないですね。

27年間実家にいて最強に甘えすぎた。母親の思うような未来は僕は進まないと思うけど、自分の人生は自分で選ぶ。それで周りの人がどう思うかは周りの人の問題。

親は「実家を離れるのなら、もう家に頼ってきたらあかんで。お金の援助は一切しないよ」と言ってる。
これを聞くとなんか緊張感が沸いてきて、あぁ本当に自分一人の力で歩んでいかないと駄目なんだなぁと思う。
怖いな、いやだな、助けて欲しいと一瞬思うのだけど、実家での生活は精神的に耐えられないので、引越しはして良かったと思う。精神的に耐えられないというのは、何かしたい、何か行動したい、自分を変えていきたい、と思っているんだけど、緊張感がないので、行動ができない。あたまの中で考え事のループ。

自分は弱い人間なので、こんな事を言うと自分にプレッシャーがかかるのだけど、親に助けてもらうよりも、俺が助けられるようになりたいと思っている。

僕はどっちかというと職人・芸術系の道に進もうと考えている。これは吃音があるからではなく、吃音関係なく。僕は少し前、営業で成績を残してNO1になり、書籍を残したいと考えていた。吃音者に勇気を与えられる生き様ができれば最高だと思うし、それで本当に死ねるから。これは素晴らしいことなんだけど、僕は吃音関係なく自分のやりたい事を考えたときに、やはりただ単に営業といいうような事はしたくない。でも芸術系の仕事で自分に技術と知識があり提案営業ならいいとは思っている。僕は吃音関係なく、感覚に言葉がついてこないときがあり、自分の思いや感覚を言葉ではない違う何かで表現するほうが向いていると思う。例えば、僕は閉所恐怖症ももっていて、たまに魂・精神が自分の中に閉じ込められていることに窮屈を感じて(一生自分という役をしなければならない)、頭おかしくなりそうになって、外に走りに行った時、沿道に木々がそびえ立っていて、空を見るより、その木々に引き込まれるような、何だろう、言葉ではいえない、壮大感、人には与えてもらえない安心感を感じた。そういう自分の感覚センスを頼りに何かを表現する仕事がしたい。これは吃音から逃げているわけではない。逃げているというか、できるだけ吃音をいれずに考えて出てきたこと。人生1回きり。


吃音関係なく職業を考えることは大切だと思う。また吃音でもやれるんだという気持ちで頑張ることも素敵だと思う。吃音関係なく仕事選ぶか。吃音を反動にして仕事を選ぶか。結局はどんな本を読んでも、最後にきめるのは自分。本とか人それぞれで違うこと言っているから、その矛盾でこっちは何をしたらいいかわからないわけ。だから暫定的でもいいから自分の考えをもって、自分の大切にしたい事を考えて、自分の美学をもって進んでいくしかない。100パーセントの気持ちで職業を選ぶ幸せな人などいない。矛盾を感じながら進むしかない。

多分茨の道にはなると思う。警察官になったり、教師になったり(教師はでも1回くらいしてみたいな)、サラリーマンになったほうが多分楽。就職ができないというわけではなく、多分心の底でそんな仕事やりたくないって思っているだけだったんだと思う。自分に能力がないのではなく、自分の心を感じていなかっただけな気がする。吃音者に勇気を与えられるような生き様ができれば死んでもいいとはマジで思う。何千年も前から吃音者はいて、現代も吃音者はいて、これから先も吃音者は生まれ続けるだろう。吃音者は人生に迷い、死を選びたくなるときもあるだろう。そんなときに勇気を与えられるようなものを残せれば最高じゃないすか。ずっと将来の吃音者にエールを贈ることができるなんて。これはエゴかもしれないが、こんな気持ちはある。

でもまずは大志を抱きすぎずに、まず自分のまわりの人を幸せにできるような人間になりたい。

殴り書きで見にくくてすいません。



posted by ちゅく at 02:55| Comment(1) | 決意 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月21日

27歳 フリーター・無職の就職活動 序盤戦

ボクは就職活動が半分馬鹿らしいと思うので、どうも乗り気になれなかったのですが、元陸上競技の選手である為末さんの「諦める力」を読んで、その中に「人生なんて特に意味もなく、暇つぶしなのだ。そう考えると思い切って色々行動できるようになった」みたいな節で、暇つぶしで就職活動をやってみようと思ったし、予備校教師の西きょうじ氏が言ってるように「踊らされまいと踏ん張り行動が出来なくなるより、馬鹿らしいと思っていても自ら踊ろう」という発言を聞いて、就職活動という舞台で踊ってやろうと思って行動を開始しているのですが、やはり就職戦線はなかなか厳しいですね。

やはり一番のネックは27歳という年齢。ボクは既卒3年以内という条件(この条件が多い)を満たしているんですが、一般的に既卒3年以内と言えば25歳以下。27歳という年齢で何か就業経験がないというのは相当厳しいみたいです。

「いい就職.COM」という既卒、第二新卒を中心に斡旋している会社があるのですが、ボクはそこで関西を中心に30社近くの会社をピックアップしました。そこでボクが受けれる会社は3社でした。理由は上記した通りです。ボクは割と語学に堪能だし、そんなに変な大学を出てるわけでもなく、体力にも自信あるのピチピチの20代なんだけど、そういう人が面接さえ受けれず門前払いされる会社が多すぎます。営業を中心にピックアップしたのですが、営業だったら別にそんなに制限しなくてもね〜って思うんですけどね。僕が営業に向いてるかはさておき。とりあえず「いい就職.COM」は正直微妙でした。アドバイザーの人も全然熱意ないっすよあれ。まあ学ぶことがあったので良かったですけどね。


「就職活動に失望し後がないと悟ったボクは、再び医学部再受験に挑戦し、一年後見事合格を果たすのだであった」

まだ前半戦で、他にも色々就職活動をしていく予定ですが、ボクの頭の中は既にもうこんなストーリが出来上がりつつあります。他力本願なストーリーですし、このストーリーにすぐに飛びつくのは非常に危険ですが。
posted by ちゅく at 19:33| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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