2013年10月29日

「落ちるところまでおちよう」

最近自分の周りが変化している。色々情報発信する事で、人間関係での関わりが増えたからかもしれない。

最近は素直に「成長したいなぁ」と思うようになってきた。

「成長したい」って素直に思える人はどれだけいるだろうか?絶望にいる内には成長したいとかって中々言えない。

僕は少し前まで「なんで成長しないといけないの?」「お前本気で自殺しようってレベルまでいったことあんの?」「暑苦しい」とかって思っていた。

なんかどうしようもない時、大きく流れが悪い時は、中々それを変えるのは難しい。それを変える意思の力・勇気があれば元々ここまで悩んでない。

僕はそういう時、落ちるところまで落ちたらいいと思う。

落ちるところまでおちる。

やらなければならない事等ないし、そんの事を考えずに、ネットサーフィンして惰性で毎日過ごして、それで過ごしていけるならそれでいい。周りの人に気を使っても、それで食っていけるのならそれで生きていったらいい。

僕は人の中には絶対に小さな炎が、価値を生み出したい、人に認めてもらいたい、周りの人を幸せにしたいって炎があると思っている。

そういう気持ちがあっても、日々のつらさにどんどん負けて逃げまくる。そして毎日もっと辛くなっていって自分を攻める。自己嫌悪。ずーっと落ちていく。

それでいい。

するとどっかで絶対吹っ切れる。たまらんようになって、もう消えそうになっていた炎が一瞬ボワッと大きくなるような感じで、吹っ切れる。死ぬのは恐いし死なないけど、死ぬ覚悟みたいなのができる。

ただ本当に死ぬのは馬鹿。悲しみは風化するし、家族でさえもすぐ忘れられる。一瞬悲しまれて、忘れられる。若くして死ぬのは本当に死に損。僕は中学時代に派手に仲間はずれにされたことがあって、それをきっかけに吃音が悪化していったのだが、そいつらが俺の死ぬ原因に少しでもなるなんて悔しいじゃないすか。そいつらはこれからも生きていくんすよ。

別にそいつらに悔しいとか、見返してやるとか思う必要はない。そいつらを無視して自分の人生を好き勝手に生きていったらいいだけ。

自分の可能性を100%放棄するなんて誰にもできないと思う。

ちょっとまとまりが無くなってしまったけど、
本当にしんどい時は頑張らなくてもいい。だらーっとしてたらええと思う。

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posted by ちゅく at 00:13| Comment(0) | 考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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